説教『信仰の告白』牧師 若月健悟

2021年4月25日(日)復活節第4主日礼拝説教要旨

《聖書》コリントの信徒への手紙一 12章1~3節

【はじめに】

 コリントの信徒への手紙を読んでいますと、パウロ先生が情熱を傾けて、コリント教会を1つにしたいとの熱い思いを感じるのです。それは、コリント教会の中で、パウロ先生が伝えた福音とは異なる教えが力を増し、混乱していた現実もありますが、もう1つには、ギリシア伝道のまとめとしてコリント教会を中心に据えたいとの強い思いがあったからです。目指すは、コリントからさらに西の方のローマ、さらに西の端イスパニアつまりスペインへと向かう地中海伝道です。そのためにも、コリント教会に起こっている問題を整理して、その1つ1つをじゅんじゅんと教え諭し、そのあとに、パウロ先生自身がコリント教会へ赴いて決着をつける、という構想が見えてきます。

 時代は、ローマ皇帝によるユダヤ人追放が収束し、ユダヤ人クリスチャンがローマに戻り始めていました。伝道には、良い時期を迎えていたのです。正に、機は熟したのです。パウロ先生は、コリント教会の問題に決着をつけるために、コリント教会へ赴くことになりますが、その前に、手紙で教会の一致を図ろうとしたのです。ローマの信徒への手紙を書き送る直前のことです。

 コリント教会の内部に起こるクリスチャン同士の問題は、今日の教会が抱える問題の源となっていることがたくさんありますが、その中の1つに〝霊的な賜物〟の理解と現実がありました。

【霊的な賜物】

 霊的な賜物と言いますと、賜物を持つ人のこと、つまり人物とか人格を表すように思えますが、ここでは、日本語の意味としては、「賜物」というよりも「事柄」と言った方が良いように思います。

 パウロ先生は、賜物を人ではなく、「物事」という意味の「事柄」として用いているのです。賜物は神さまから授かった恵みです。いただいた賜物は、みな公平で平等です。大きい小さいと、人が評価し、その価値を決めることではないのです。

 パウロ先生は、いつの間にか、神さまから授かった賜物を人が評価し、決定している現実にコリント教会の危機を感じているのです。霊的な賜物が、人物の評価となり、その人の良し悪しまで決めてしまう教会の現状を何としてでも食い止めなければなりません。そのために、賜物を事柄として理解することにより、その働きの違いを認めながら。最も大切な中身・内実をしっかりと見極めるようにと教え諭すのです。

 このようなことから、パウロ先生は、「霊的な賜物」を「聖霊が働く事柄」として理解する時にこそ、信仰の一致が生れ、クリスチャンはお互いに尊重し合えると伝えるのです。

【聖霊が働く事柄】

 パウロ先生は、「聖霊が働く事柄」について、コリント教会のクリスチャンに洗礼を受ける前の生活を思い起こさせるのです。確かに、コリント教会のクリスチャンの多くはギリシア人として生まれ育ちました。そのため、古くから受け継いで来たギリシアの神々を信じて生活を送っていました。木や石や金属で造られた「ものの言えない偶像」を神として拝んでいたのです。ギリシア人は、人間の知性の極みを哲学に見出していましたので、「ものの言えない偶像」の背後にある神々の知恵を尊びました。

 ですが、パウロ先生は、哲学によって整理された知識を尊重しましたが、罪人が救いに至る知識は何もない、と見抜いていたのです。罪人の救いは、ただ信仰によることを確信し、それを宣べ伝えることに使命を見出したのです。

 「ものの言えない偶像」を捨てて、生ける神さまの許へと立ち帰るように宣べ伝える伝道に専心することが、実は聖霊の働きによるものと受け止めたのです。それだけに、パウロ先生は、コリントの町の人々が、哲学によっては実現されない、罪人の救いに気づいて、回心し、「ものの言えない偶像」から生ける真の神さまの救いへと立ち帰ることを力強く宣べ伝えたのです。

 では、聖霊が働く事柄を通して伝えたいことは何でしょうか。

 パウロ先生は、2つのことから明らかにするのです。

 1つは、「神の霊によって語る人は、だれも『イエスは神から見捨てられよ』とは言わない」ことです。

 もう1つは、これが最も大切な事柄ですが、「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えない」ことです。

【イエスの呪い】

 最初の「神の霊によって語る人は、だれも『イエスは神から見捨てられよ』とは言わない」ことですが、これは〝イエスの呪いの言葉〟と理解できます。

 わたしたちにとりましては、既に自明のことですが、イエスさまは神の御子として御自分の思いや考えに反対する人を呪いにかける御方とは考えませんし、思いもつかないことです。

 ですが、コリント教会のクリスチャンの中には、どうも、そのような理解を持つクリスチャンがいたようにも思えるのです。それは、パウロ先生御自身が、十字架と復活の主イエスさまに出会う前のことを考えますと理解できることです。

 パウロ先生は、クリスチャンに回心する前の若い時代、ユダヤ教徒として活躍していました。アブラハム以来の信仰に立ち、それを受け継いで来たユダヤ教こそ、ただ1つの真の宗教であると確信していました。そのために、十字架で処刑された罪人(ざいにん)イエスが復活の主キリストと信じるクリスチャンの迷信を打ち砕こうと、徹底的に弾圧しました。本来のユダヤ教の信仰へと回心させるためです。

 ですが、十字架と復活の主イエスさまから語り掛けられ、自らの過ちと罪深さに気づかされて回心し、クリスチャンとして歩み始めたのです。罪人(つみびと)の救いは、十字架のイエスさまを復活の主キリストと信じる信仰によることを確信したのです。

 パウロ先生はこのような経験をしているものですから、福音信仰から離れたクリスチャンに、もう一度イエスさまの十字架と復活を信じる信仰へと連れ帰ることの大切さを痛感したのです。それだけに、イエスさまがいかなる意味でも呪いの言葉を告げたとすれば、それはイエスさま御自身が十字架と復活の真実を打ち消すことになるのです。

【信仰の告白】

 もう1つの「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えない」ことはどうでしょうか。

 これは、クリスチャンにとってもっとも簡潔にして信仰の真実を告白する言葉です。  

 「主」とは、聖書では神さまのことです。ですから、〝イエスさまこそ神さまです〟と告白する信仰の源なのです。このような信仰の告白は、哲学や思想として表明することはできません。なぜなら、哲学や思想は、罪人の救いを求めないからです。パウロ先生が、ペトロさんをはじめ、イエスさまの最初のお弟子さんたちから受け継いだ、「イエスは主である」との信仰にこそ、罪人の救いの現実があるのです。この信仰に立って福音を宣べ伝えることは、人の思いからは決して出てくることはありません。ただ聖霊の働きによるほかはないのです。

 パウロ先生が、コリント教会のクリスチャンに最初に伝えたことは、「イエスは主である」との信仰であり、罪人の救いはこの信仰に依り頼むほかはないことを繰り返し伝えたことでした。手紙に書き記した言葉の数々は、それを目にし耳にするクリスチャンにとって、再び心を燃やし、悔い改めて、最初の福音信仰へと立ち帰ることになったのです。それこそ、人の言葉が神さまの御言葉へと変えられたことの証しなのです。この証しに聖霊の働きの現実を見るのです。クリスチャンは、聖霊の働きを通して、心の目を開き、悔い改めて、最初の福音信仰へと立ち帰るのです。聖霊は、いつもこのように働くのです。

 ですから、「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えない」のです。

コリント教会のクリスチャンの中には、熱心のあまり、偏った信仰を持つ人もいました。聖霊を受けた人は、燃えるような熱い思いをもって激しく語ることなのだ、と本気で信じたのです。

 ですが、パウロ先生は、「聖霊によらなければ」と告げることによって、とても冷静で、理性的な信仰の言葉であることを明らかにするのです。わたしたちにとって、これほど明快で、確かな信仰の告白は、ほかにはないのです。いつも、この信仰の告白に立ち帰るように内なる促しを与えるのは、聖霊の働きです。聖霊は、今このようにわたしたち1人1人に働きかけているのです。

 「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えない」との御言葉は真実です。聖霊の大いなる御業を心から感謝をもって信じ告白してまいりましょう。

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