説教『先達の道』牧師 若月健悟

2021年5月2日(日)復活節第5主日礼拝説教要旨

《聖書》ヨハネによる福音書14章1~11節

【はじめに】

 皆さまは、お父さまの思い出をいろいろとお持ちのことと思います。わたしの父は、小学校1年生の時に天に召されたので、思い出はそこで終わっています。ただ何枚か残された写真には、父の膝の上で甘えている姿を見ることができますので、ホッとしたものを感じるのです。

 このことが幸いしまして、父に対しては、とても良いイメージがあります。これはとても感謝すべきことと思います。

 聖書を読んでいますと、父と子の物語に出会います。どのような親子であったのか、思い巡らしながら読むのがとても楽しみです。

 さて、ヨハネによる福音書14章2節に、イエスさまがお弟子さんに告げられた「わたしの父の家」という御言葉があります。イエスさまが「わたしの父」と言えば、天の父、神さまのことですが。もう1か所、2章16節で「わたしの父の家」と告げられています。ヨハネによる福音書では、この2か所だけです。他には、ルカによる福音書2章49節に「自分の父の家」とあるだけです。

 イエスさまが、「わたしの父の家」と告げられた御言葉には2つの意味があります。1つは、2章16節「わたしの父の家」ですが、この家は地上にある建物のことで、エルサレム神殿を示しています。それに対して、14章2節「わたしの父の家」は、この地上にある家のことではなく、天の住まいとしての家のことを示しています。この違いは何を意味しているのでしょうか。

【地上の家】

 最初のエルサレム神殿としての家のことですが、ルカによる福音書2章49節では、12歳の少年イエスが、過越祭が終わった後も、神殿に残って学者と話し合っている中で用いています。迷子になったのではないかとあわてて戻ってきた両親に告げるのです。  

 「わたしは自分の父の家にいるのは当たり前だということを知らなかったのですか。」

 地上の神殿を「父の家」と告げた少年イエスの思いは、ヨハネによる福音書2章16節に引き継がれています。過越祭が近づいた時のことです。お弟子さんと一緒にエルサレム神殿を訪れたイエスさまは、神殿から商売人を追い出して告げるのです。

 「わたしの父の家を商売の家としてはならない。」

 父の家である神殿は、祈りの家であることを行動で示されたのです。このような行動が、イエスさまに敵意を抱く祭司、律法の専門家、ファリサイ派の人々から命を狙われることへと発展していきまして、ついには、最後の晩餐を物語る、14章へとつながるのです。

 イエスさまから遡ること5百年以上も前のことです。バビロン捕囚から帰還したユダヤの人々は、町の再建とともに礼拝の場である神殿を再建しました。ソロモン時代から5百年続いた最初の神殿が破壊され、それを再建することは、皆が待ち望んだことでした。「父の家」、「祈りの家」として目に見える神殿が皆の心の拠り所となるためです。

 ですが、時代とともに、町は豊かになり、イエスさまの時代には、礼拝の中心が犠牲を献げる儀式に移っていました。第2神殿は、豊かな人も貧しい人も皆が神さまを崇め賛美するための「父の家」であり、「祈りの家」として再建されたはずなのです。それが、〝商売の家〟になっていたのです。もちろん、商売が悪いわけではありません。問題は、神殿の境内とはいえ、商売人に場所を貸して利益をむさぼる現実を、イエスさまは厳しく批判されたのです。それでも、神殿は、イエスさまにとって、掛け替えのない「父の家」「祈りの家」であることに変わりはなかったのです。それは、見えるしるしとしての神殿が皆の心の拠り所であることに変わりがなかったからです。

【天の家】

 では、もう1つの天にある「わたしの父の家」はどうでしょうか。もちろん、人の手が届かない天の御国の家ですから、地上の神殿とは、比べることができません。それだけに、天にある「わたしの父の家」は、天の御国におられる父の家として永遠の住まいなのです。地上の神殿は、天の永遠の住まいである「父の家」の写しとして、そこに父の御心があるのです。ですが、人の心が誤った方向へと変わるならば、天の写しの本来の姿が失われてしまうのです。礼拝の場であり祈りの場が、暴利をむさぼるお金中心の商売の場所と変わるのです。

 イエスさまにとって、それは父の御心ではないことを、何としてでもお弟子さんに教え諭さなければなりませんでした。そうでないと、イエスさまが父の御心として歩み続けて来た、十字架の道が全く理解されず、お弟子さんが拠り所とするイエスさまの愛を生きることさえかなわなくなるのです。

 イエスさまは繰り返し、教え諭されました。それは、父なる神さまの御心が罪人を赦す愛にあり、父の愛の真実は、イエスさまの十字架において証しされることになるからです。その目的は、十字架の後に、お弟子さんが互いに愛し合うことによって、父から子へと現わされた愛の真実を実現することにあるのです。ですから、天の家の写しである神殿こそ、父の家として皆の心の拠り所であり続けることをお弟子さんにしっかりと見て欲しいのです。どんなに時代が変わっても、イエスさまの十字架を通して証しされた父の愛は変わることはないのです。お弟子さんは、互いに愛し合うことを通して、イエスさまの愛の真実を実現するのです。

 天の家は、父なる神さまと子なるイエスさまとともにあり続ける永遠の住まいであるからこそ、その写しである神殿が大切になるのです。

【信仰という道】

 イエスさまは、天の家こそ永遠の住まいであることを証しするために告げられるのです。

 「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに

  行くことができない。」(6節)

 この御言葉は、十字架のイエスさまを復活の主キリストと信じる信仰を告げる御言葉です。道は、信じ続けて歩む信仰というただ1本の道のことです。この信仰の道こそ、永遠に続く真理としての道であり、永遠の命つまり復活の命に生きる道であることを証ししているのです。目的地は、その道の終点である天の父の家にあります。

 イエスさまは、アブラハムから始まった、ただ御独りの主なる神さまを信じて歩む信仰の道をお弟子さんに証しされるのです。ただ御独りの主なる神さまを信じる信仰こそ真実であるからです。多くの人が歩んできた信仰の道には、誘惑が多く、神々に心惹かれて、再び主なる神さまへと立ち帰ることはありませんでした。それに対して、アブラハムに始まるただ御独りの主なる神さまを信じる信仰は、残りの人に継承され、今、その信仰が、お弟子さんに受け継がれるのです。ただこの信仰の道が全く新たな道となるのは、天の家に至る道であることです。ただ御独りの主なる神さまが、十字架のイエスさまを復活の主キリストとして復活させられるからこそ、復活の永遠の命が実現され、天の家に至ることが赦されるのです。イエスさまが実現される信仰の道だけが、天の家に至るただ1本の道なのです。

【先達の道の先にあるもの】

 アブラハムから始まった、ただ御独りの主なる神さまを信じる信仰は、アブラハムからモーセへ、モーセからダビデへ、ついには、ヨセフとマリアへと受け継がれ、イエスさまにおいて完成されたのです。本当に不思議な、先達の歩んだ信仰の道です。

 ですが、イエスさまは、この不思議な、先達の信仰の道こそ、聖霊の導きであることを証しされるのです。アブラハム、モーセ、ダビデ、ヨセフ、その間にも数え切れない、信仰の先達がいましたが、皆聖霊によって心の目が開かれ、信じる者へと変えられたのです。ただ父なる神さまが、御子イエスさまにより実現された信仰による救いの道を証しし、その信仰の道をたどって永遠の命の救いへと至るためです。

 イエスさまは、先達の信仰の道を思い起こして告げられるのです。

 「わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさ

  い。」(11節)

 「業」は、イエスさまを通してなされた奇跡の御業のことです。水をぶどう酒に変え、病気の人を回復させ、2個のパンと魚2匹を5千人に分かち、死んだ人を生き返らせる奇跡として証しされました。それは皆、先達の信仰者が既に見聞きしたことでした。ですが、イエスさまがお弟子さんに告げられる父の御業は、十字架のイエスさまを復活の主キリストとして永遠の命に生かす御業です。この御業を信じて、お弟子さんは救われ、大いなる喜びを世に証しするのです。

 先達が歩んだ信仰の道は、御子イエス・キリストの十字架と復活を信じる信仰に受け継がれながら、全く新たな救いの道であることを覚えて、ともに証ししてまいりましょう。

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