説教『天国の市民権』牧師 若月健悟

2020年10月18日(日)聖霊降臨節第21主日礼拝説教要旨

《聖書》フィリピの信徒への手紙3章12~21節

【はじめに】

  引っ越しの時に段ボール箱に詰めた書物がまだ残っていまして、その1つを開けてみたのです。そうしますと、中から束になった手紙や葉書がたくさん出てきました。

 差出人のお名前を見ながら、お顔を思い出しているうちに、手紙に込められた共通点に気づかされました。それは、手紙の差出人が今ここに一緒におられるような身近さを感じさせることです。既に天に召された方もおられます。もはや過去の方ではあるのですが、それでも、手紙を読み始めますと、元気な時に書かれたその時のことが思い起こされるのです。80歳半ばでパソコン教室に通い、パソコンで作成された手紙には、並々ならない努力の跡が見られます。1通の手紙に3日をかけて書いてくださった手紙もあります。そのような手紙を読んでいますと、既に天に召されているのですが、今もここに一緒にいて親しく語り掛けておられるように感じられるのです。

 〝手紙は、本当に不思議な力を持っているな〟と感じます。手書きの文字やパソコン作成の文書を通して、その方の表情や声色まで思い起こされるのですから、文字の持つ力に驚かざるを得ません。

 わたしがそのように感じ、思うのですから、聖書の中の数々の手紙は、その手紙を受け取った人々が皆一様に、差出人のことを思い起こしながら、とても身近に感じていたのではないかと思うのです。

 パウロ先生はたくさんの手紙を書きました。教会宛や個人宛の手紙です。今、新約聖書にある手紙は、教会宛であっても個人宛であっても、教会の礼拝の中で読み上げられました。一度でもパウロ先生と会ったことのあるクリスチャンであるならば、手紙の御言葉を通して、パウロ先生が目の前で語り掛けているように感じ取っていたのではないかと思うのです。

 それで、パウロ先生がフィリピ教会へ宛てた『フィリピの信徒たちへの手紙』を通して、パウロ先生がフィリピ教会のクリスチャンに伝えたことに思いを馳せたいと思います。

【2つの倣(なら)い】

 手紙の3章12~21節は、「倣(なら)う」ということの大切さを伝えています。1つは、「キリストに倣う」ことです。もう1つは「パウロに倣う」ことです。2つのことは、信仰に倣い、行いに倣うことを意味します。

 「キリストに倣う」ことは、神の御子イエスさまの十字架と復活を信じる信仰に生きることにあります。イエスさまは、十字架の死を父である神さまの御心とされました。罪人の救いのためには、罪のない神の御子の命を代償として献げることにあります。イエスさまは、神の御子に託された十字架の道を御自身の歩むべき道であると迷うことなく突き進まれたのです。全ての人が神さまからいただいた命を生きています。それを感謝して受け入れる人もいれば、神さまに背を向けて生きる人もいます。そのいずれの道を歩んでいるにしましても、神さまは、1人も失うことなく救いへと導きたいのです。そのために、神の御子イエスさまは、御自身の命を代償として罪人を救う神さまの御心を実現するために十字架の道を歩み通されたのです。

 「キリストに倣う」ことは、苦しみの道を歩むことを意味します。誰もが避けて通りたい道です。ですが、神の御子イエスさまは、十字架の道を歩まれました。それは、父なる神さまが約束された永遠の命である復活の命に生きるためです。それは、イエスさまを通して全ての人に与えられるためです。人はそれを信じる信仰によってこの約束に生きるのです。イエスさまの復活の命は、クリスチャンに約束された永遠の命だからです。だからこそ、御子イエスさまに示された十字架と復活は、すべてのクリスチャンの歩むべき道として示されているのです。「キリストに倣う」ことは、苦しみの道を歩むことを受け入れ、復活の大いなる喜びへと招かれている約束に生きることなのです。

 パウロ先生は「キリストにとらえられた者」として「キリストに倣い」ながら歩み続けるのです。それはまだ道の途上を歩み続けているからです。それで、このように告げるのです。

 「なすべきことはただ1つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリス

  ト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたす

  ら走ることです」(14節)。

【パウロに倣う】

 では、もう1つの「パウロに倣う」とは、どのようなことなのでしょうか。フィリピ教会は、パウロ先生の後にやってきたクリスチャン教師たちによって混乱していました。パウロ先生は「福音信仰のみ」と教え、イエスさまの十字架と復活の真実を明らかにしました。ですが、信仰と割礼の両方が大切だと説く教師、信仰と真理に基づく知恵こそ救いに必要だと説く教師など、パウロ先生の教えとは反対のことを告げていたのです。フィリピ教会は混乱しました。

 それで、パウロ先生はフィリピ教会建設に至るまで一緒に歩んできた信仰の道を思い起こさせ、「皆一緒にわたしに倣う者となりなさい」(17節)と命じるのです。手紙の持つ文字の力は、それを書いている人の言葉と行動を瞬時に思い起こさせます。どんなに遠くに離れていましても、今ここに一緒にいる思いを抱かせるのです。

 誰もが自ら進んでキリストに倣って苦しみの道を歩もうとは思いません。むしろ避けたいのです。ですが、パウロ先生は、キリストに倣う信仰に何ものにも代え難い高価な恵みを見出したのです。そのゆえに、全てのクリスチャンにそうであって欲しいのです。それは、どのような苦しく厳しい現実にあっても、なお、キリストに倣うゆえに、信仰によって心はいつも喜びへと引き上げられるからです。信仰の目的は、永遠の命を約束された者として、天の御国へと引き上げられる約束に生きることにあります。パウロ先生にとってこの約束こそ、父なる神さまが御子イエスさまに実現された真実であり、何ものにも代えがたい高価な恵みであり、依り頼む希望なのです。

 パウロ先生は、十字架のイエスさまを復活の主キリストと信じ、永遠の命に生きる希望をもって歩むのです。このような信仰に倣って同じ信仰に生きて欲しいと告げるために、「わたしに倣う者となりなさい」と命じるのです。このように命じることは、とても傲慢な言い方に響きます。それでも、パウロ先生にとって、福音信仰から離れてしまうかもしれないフィリピ教会のクリスチャンのことを思うと、何としてでも最初の信仰に引き止めずにはおられなかったのです。

  「今また涙ながらに言いますが、キリストの十字架に敵対して歩んでいる者が多いので

  す」(18節)。 

【天国の市民権】

 皆さんには聞きなれない言葉ですが、「天上の友」という言葉があります。この言葉は、今から144年前に創立された京都・同志社大学神学部の卒業生名簿のことです。卒業して最初の牧師となられた方の名前から記述され、実に多くの方の名前があります。その名簿を見ていますと、〝いつの日か自分の名前が天上の友の1人に加えられる〟と思えてくるのです。何となく誇らしいものを感じるのです。牧師としてのささやかなプライドなのかもしれません。ですが、この名簿は今では発行されなくなり、〝幻の名簿〟となりました。個人の名誉とプライバシーを守るなどのため、というのがその理由です。

 それでも「天上の友」という言葉の中に、天に召され、神さまの御傍近くにいる信仰の先達のことを思いますと、心は燃えるのです。 

 「わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られ

  るのを、わたしたちは待っています」(20節)。

パウロ先生の熱い思いを感じるのです。フィリピ教会のクリスチャン皆が福音信仰から離れることなく、一緒に天の御国の住民となる市民権を持ち続けて欲しいのです。天国の市民権は、いかなる人の力をもってしても奪い取ることのできない信仰の勝利の証しなのです。

 天上の友として迎え入れられる市民権を持つことが赦されていると信じられるとき、わたしたちは、パウロ先生が思い描く、御国に生きる真実の姿に気づかされるのです。それは、御子イエスさまと同じ栄光ある体にあずかることです。

 「キリストは、万物を支配下に置くことさえできる力によって、わたしたちの卑しい体 

  を、御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださるのです」(21節)。

 いつかは朽ち果てるわたしたちの体です。この体が、御子イエスさまと同じ栄光に輝く永遠の姿に変えられて、御国の市民として生きるのです。信仰は天国の市民権の証書なのです。わたしたちの教会はこの証書を発行できる天国の出先機関であると考えたら、何とも楽しくなって来るではありませんか。この一度限り発行される証書を大切に心にしまって、希望をもって歩み続けてまいりましょう。

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