説教『揺り動かされる時』牧師 若月健悟

最終更新: 7月4日

2020年6月28日(日)創立7周年記念日・聖霊降臨節第5主日礼拝説教要旨

《聖書》ヘブライ人への手紙12章25~29節

【はじめに】

 本日は、創立記念日6月30日を覚えて創立7周年記念日礼拝を献げることができました。主と皆さまに心より感謝いたします。

 3千年前、ソロモン王は、エルサレム神殿を建築し、奉献するにあたり、祈りを献げました。列王記上8章です。「神は果たして地上にお住まいになるでしょうか」と、畏れ敬いながら主に祈り、そして願いました。「夜も昼もこの神殿に、この所に御目を注いでください。ここはあなたが、『わたしの名をとどめる』と仰せになったところです。この所に向かって僕がささげる祈りを聞き届けてください。」

 さらに、詩編127編1節では、「主御自身が建ててくださらなければ、家を建てる人の労苦は空しい」と告白しました。

 主が建ててくださらなければ、いかなる教会の建築も空しく、人の思いでは、いかんともしがたい現実があることを知らされます。

 この7年間、わたしたちは、ただ主の御用を果たすために、その拠点となる教会を建て、途中、1度の移転がありましたが、その思いを変えることなく歩んでまいりました。

思い起こせば、10年前、開拓伝道を志し、夫婦で茨城の地に参りました。2年目に当時千葉北総教会(現在ユーカリが丘教会)の大串眞牧師、当時関東教区書記で竜ケ崎教会の飯塚拓也牧師、当時茨城地区長で鹿島教会(現在十日町教会)の久保田愛策牧師と相談しました。大串牧師の紹介で石橋ご夫妻と出会い、ご夫妻のお宅で家庭集会を始めることができました。13か月間準備の時を持ち、守谷開拓伝道のビジョンを確信しましたので、竜ケ崎教会が関係教会(親教会)となり、開設へと踏み出しました。

 資金ゼロからの出発でしたが、神さまは多くの支援の手を用意してくださいました。最初の開拓伝道支援献金は、今から10年前に1人の姉妹の献金から始まりました。翌年には1団体と4人が支援してくださいました。翌々年には、守谷開拓伝道のビジョンを実現するために献金を募り、18教会、3団体、そして51人より支援を受けました。こうして、10年の間に、20教会、4団体、そして百人に及ぶ方々に支援をいただいて歩むことができました。

 支援献金は総額約千六百万円です。伝道所開設のための賃貸契約、備品調達、土地建物取得などを含め、現在までの支出総額約三千五十万円、残高約七百六十一万円です。十年間の全収入は約三千八百十一万円です。全収入の約42%が支援です。残り約58%が教会の皆さまの献金と外部献金によって賄われました。

 1つの教会が、資金ゼロから始めて、十字架をかかげて伝道する拠点が与えられていること、全てが主の御業と驚くばかりです。開設当初は2家族、1牧師と会員3名の出発です。現在12名の会員です。感謝すべきことに、教会を訪ねてくださる方は、毎年絶えることがありません。この間、会員の合田やす子姉を神学校へ送り、卒業後、教師として酒田暁星教会に派遣されました。1年間ではありましたが、安東優神学生を迎え、卒業とともに教師として飯盛野教会に派遣されました。現在、清野量兄を神学校へ送り出しています。その全てが、人の思いを超えた神さまの御導きであることを思うのです。わたしたちのなしえることは小さな業に過ぎません。ですが、主御自身が働いてくだされば、その小さな業が祝福され、多くの実りを与えていただく現実を見るのです。

 これからも、託された伝道の務めを果たしていきたいと思います。それが、わたしたち教会創立のビジョンであるからです。

【ヘブライ人の名】

 では、聖書の御言葉に目を注いでまりましょう。ヘブライ人への手紙は、その題名の通り、ユダヤ人の古い呼び名である「ヘブライ人」を用いています。それは、民族の源である「アブラハム」にまで立ち帰って、神さまの御心を明らかにするためです。神さまがアブラハムを呼び出して約束されたことは、全世界の民を祝福することにありました。ですが、その子孫は、自分の民族の祝福、つまり救いにのみ関心をいだくだけで、神さまの御心から遠く離れてしまいました。それで、神さまは御子イエスさまを世に送り、アブラハムとの約束を実現されたのです。御子イエスさまの十字架と復活がその証しです。御子イエスさまの十字架と復活により、全ての人が罪の赦しにあずかって救われ、祝福された営みへと導かれるのです。教会はその使命を受けて、伝道に励むのです。

【主の怒り】

 ですが、現実は、神さまが望むように、人の心はいつもまっすぐに十字架と復活の主イエスさまに向かってはいないのです。むしろ、見える現実の中で、迷い、たじろぎ、心を揺さぶられながら生活するのです。アブラハムは、多くの神々が支配する真っただ中で、ただ御独りの神さまだけを主と告白し、「主を畏れ敬う」信仰に立ち続けました(28節)。わたしたちは、その信仰を御子イエスさまを通して回復させていただいたはずなのです。それでも、その出発点がいつの間にか、ぼやけてきまして、見える現実に目も心も奪われてしまって、不安をいだき、恐れるのです。

 このようなわたしたちの毎日の営みに揺さぶりをかけ、本来の信仰の源に立ち帰るようにと、ヘブライ人への手紙は告げるのです。それは、主が怒りを発し、「焼き尽くす火」(29節)であることを思い起こし、信仰以前の罪深い自分の姿、生活を思い起こすようにと教え諭し、悔い改めを迫るのです。

 40年近く前のこと、クリスチャンの精神科医、赤星進先生が「基本的信頼」という言葉を用いました。赤ちゃんが母親の懐で愛され安らう姿にこそ、基本的信頼が芽生え、ここから人を愛する自由さを獲得することへと成長する、と語られました。

 わたしたちの信仰も同じです。御子イエスさまの十字架と復活を信じる信仰によって救われる、と信じて洗礼を受けました。神さまの無条件の愛を信じたゆえに、クリスチャンとしての営みを始めたのです。クリスチャンの信仰の源がここにあり、基本的信頼はここから誕生したのです。

 その信仰に、今揺らぎが生じているのは、信仰の焦点が定まらなくなったわたしたちに、神さまは「焼き尽くす火」として怒りを発しているからなのです。主を畏れ敬う信仰へと立ち帰らせるために、その根底から揺り動かしているのです。毎日の営みの中で、ぼんやりとしている焦点をもう一度回復させ、はっきりと見えるようにするためです。主の怒りによって、心揺さぶられ、もう一度不安と恐れを信仰へと変えていただくのです。恐怖によるのではなく、御子イエスさまの十字架と復活による救いの現実に立ち帰り、「主を畏れ敬う」真実を回復するのです。最初の基本的信頼を取り戻し、御子イエスさまの十字架と復活の信仰を確かにするのです。

【御国への旅人】

 世界中が、見える自然災害だけではなく、目に見えない脅威にさらされ、日常の根底が揺り動かされています。その中で、わたしたち教会は、ごう慢で独りよがりからではなく、皆で一緒に、揺らぐことのない天の御国を信じて歩むのです。御子イエスさまが、天の御国において、父なる神さまに執り成していてくださると信じるからです。その約束が実現される日を、わたしたち教会は待ちわびながら歩んでいるのです。このように信じられる信仰を与えていただいていることに皆で感謝したいと思います。

 ヘブライ人への手紙11章13節は、クリスチャンのことを「地上では旅人であり寄留者である」と告げています。これは前の聖書の訳ですが、とても良い御言葉だと思います。地上に生きるクリスチャンは皆旅人であり、この地上では寄留者です。それは、この地上で生きて終わる人生ではなく、天の御国を目指す「信仰の旅人」であるからです。それは悲観的な思いからではないのです。御子イエスさまの御国こそ、わたしたちの行き着く真実の住まいであるからです。御国を仰ぎ望みながらこの御言葉を信じて歩んでまいりましょう。

 「わたしたちは揺り動かされることのない御国を受け継いでいるのですから、感謝しよ 

  う。感謝の念をもって、畏れ敬いながら、神に喜ばれるように仕えていこう。」(28

  節) 

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