説教『湖上の信仰』牧師 若月健悟

最終更新: 2月16日

2021年2月14日(日)降誕節第8主日礼拝説教要旨

《聖書》マタイによる福音書14章22~33節

【はじめに】

 昨晩11時過ぎに、突然地震が発生すると同時に、携帯から〝キュンキュンキュン〟と警報が鳴り出し、寝床に入ったまま、収まるのを待っていました。ラジオを鳴らしますと、〝福島県沖を震源として、福島県と宮城県が震度6、茨城県が震度5、福島原発、東海原発に異常なし〟との情報がありました。県南は震度4とのことで、体に感じた震度はもっと強いように思いましたが、少し落ち着いたので、部屋を一巡して、何事も無いことを確認しました。寝床に入って、ラジオを聞きながら、教会の皆さんは大丈夫かなと、思い巡らしていました。教会のことも気になりましたが、我が家が何事も無かったようなので、教会も大丈夫だろうと思えてきました。というのも10年前の東日本大震災に比べますと、それほどの危機感を覚えなかったからです。だいぶ落ち着いてきましたので、眠りに着きました。

 イエスさまが、明け方近く、湖上を歩いてお弟子さんたちが乗っている舟へと近づいて行かれた時、近づく人影を「幽霊だ」と、お弟子さんたちは叫びました。イエスさまがそれに答えます。

 「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」

 説教原稿を作成して眠りに着いたばかりでしたが、地震にドギマギしている時でしたので、ふとイエスさまの御言葉を思い起こしまして、心に染みる肉声のように思えてきたのです。2千年前の御言葉です。ですが、わたし自身に語り掛けられた御言葉のように思えてきまして、安堵感を覚えたのです。それは同時に、お弟子さんたちが感じ取った、イエスさまの力強い御言葉の真実であることに気づかされました。

 「わたしだ」とのイエスさまの御言葉は、出エジプト記3章14節で神さまがモーセに御自身の名前を明かした場面で用いられた御言葉です。出エジプト記では、「わたしはある」訳されていますが、イエスさまの「わたしだ」との御言葉と全く同じ意味なのです。

【「わたしだ」】

 イエスさまがお弟子さんたちにお答えになった「わたしだ」との御言葉は、神さまが御自身を証しされる時の表現です。旧約聖書では、嵐、雷、雲、炎、地震など自然に存在している目に見え、体に感じ取れる現象を通して、神さまの存在が人に証しされました。それが御言葉を通して証しされますと「わたしだ」になるのです。特別な御言葉であることが良く分かります。

 お弟子さんたちは、イエスさまの御言葉をいつも耳にしていましたので、その御声でイエスさまであることが分かりました。ですが、薄暗い夜明けごろ、湖の上を歩いて近づいてくる人影だけでは、誰であるかを見極めることができませんでした。不気味に映る人影に、恐怖心がわいたのも分かるような気がします。そのような中で、声の主がイエスさまであることに気づいた時には、どれほど安堵したか分かりません。お弟子さんたちにとって、本当の安心は、イエスさま御自身であることに気づくことです。「わたしだ」は、お弟子さんたちにとって、あの「イエスさま」なのです。どんな時にも、見捨てることなく、助け導いてくださる神の御子キリストなのです。それが信じられることにこそ、お弟子さんたちの本当の安らぎがあり、心の拠り所があるのです。

【湖上】

 では、湖の上で起こったことを見てみましょう。

 ガリラヤ湖に浮かぶ1そうの舟は、漁師が使う小さな舟です。この小さな1そうの舟は、〝教会のしるし〟として、湖の上に浮かぶ不安定さを表しています。湖上に突然発生した「逆風」は、教会である小さな舟の現実です。それも薄暗い夜明けごろという時間を通して、教会が置かれている不安定さと厳しい現実を表わすのです。教会は、何とかして前進しようとするのですが、この世の逆風がそれを遮るのです。お弟子さんたちが感じ、体験している現実が、今、湖上であらわになっているのです。

 この先に待っている、さらに厳しい現実は、不安と恐れを引き起こします。助け手のないお弟子さんたちの小さな舟は、逆風に支配され、混乱する教会の姿でもあるのです。

 わたしたちもまた、このような厳しい現実を家族の中で、地域の中で体験するのです。誰かが意図的にそのように仕向けているのではありません。気が付けばそのような現実の中で生活しているだけなのです。避けようがないのです。湖の上でお弟子さんたちが体験した現実は、どこにも逃げ場のないことを表していることに気づかされるのです。今出会い、これから出会うであろう逃げ場のない教会の現実、信仰者の姿が物語られているのです。

【見ないで信じる信仰】

 お弟子さんたちが体験した不安と恐れの原因はどこにあったのでしょうか。それは、イエスさまが一緒におられない現実です。お弟子さんたちの目と心を遮ったものは、あまりにも無力で小さな舟に過ぎない教会の置かれている現実でもあります。お弟子さんたちは、自分の力で舟を操り、向こう岸へ渡る術を熟知しているのです。それが、不安と恐れに身動きできない状態になってしまったのは、そこにイエスさまが一緒におられないという目に見える現実です。その不安と恐れが支配する見える現実を変えてくださったのが、イエスさまの語り掛けであり、御言葉なのです。御言葉が、お弟子さんたちの心を変え、不安と恐れを安堵と喜びに満たすのです。

 その安堵と喜びが一番弟子のペトロさんに、イエスさまと一緒に湖の上を歩かせていただきたいとの願いとなり、そのように行動させるのです。喜びは、大胆な行動を引き起こすのです。小さな舟に過ぎない教会も、喜びにあふれている時には、何ものをも恐れることなく、大胆な行動が取れるのです。

 それは、大切なことではあるのですが、まだ根の浅い草木に過ぎません。もっと大切なことは、見ないで信じる信仰です。

 見て信じる信仰は、ペトロさんが、強い風を感じた瞬間、湖の中に沈みかけたことからも分かります。イエスさまの方を見ていたつもりが、逆風によって、イエスさまを見失ってしまったのです。御言葉をも失ってしまったのです。見て信じる信仰の危うさを、ペトロさんは身をもって証ししてくれたのです。

 それでも、見ないで信じる信仰の確かさへと再び立ち帰ることができるのは、イエスさまがこの小さな舟である教会の中に、今一緒にいてくださると信じられる御言葉との出会いがあり、信仰の仲間があることです。

【湖上の信仰】

 ペトロさんは、イエスさまの救いの御手に支えられて、再び舟の中へ戻ることができました。「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」とイエスさまから厳しい御言葉を受けますが、舟である教会へと立ち帰り、〝救われた〟ことの喜びを取り戻したのです。それは同時に、ペトロさんが、自分の信仰の薄さ、つまり見て信じる信仰の弱さ、危うさを痛感し、深く悔い改めた時でもあったのです。

 時には、優しく御言葉を受けることがあります。時には、厳しく御言葉に諭されることがあります。そのどちらも、イエスさまの愛の御言葉です。ペトロさんは、見て信じる信仰の危うさを知りました。だからこそ、湖上の体験を通して、見ないで信じる信仰にこそ、今を生きる信仰の真実があることを知ることができたのです。

 イエスさまとペトロさんが、船に乗り込むと「風は静まった」と御言葉は告げます。湖上の小さな舟である教会に、再び静けさと安らぎが回復したことを物語っています。この世の現実では、再び訪れた静けさも安らぎも、束の間のことに過ぎません。さらに大きな不安と恐れが待ち受けていることを思います。それでも、信じられるということの安らぎは、何ものにも替え難いものです。

 小さな舟の中で起こった奇跡は、舟の中に乗り合わせたお弟子さんたちが皆、口をそろえて信仰を告白した現実にあります。 

 「本当に、あなたは神の子です。」

 ペトロさんの湖上を歩こうとする大胆さは、今なしえる精いっぱいの信仰の証しでした。たとえその信仰が、見て信じる信仰であっても、悔い改める時に、イエスさまの救いの御手にとらえられるのです。行動に移せなかった他のお弟子さんたちの慎重さもまた、「信仰の薄い者」に過ぎないのです。大切なことは、大胆であっても、慎重であっても、自らの罪に気づき、悔い改めながら、イエスさまこそ神の御子キリストと、その信仰を告白することです。

 湖上の信仰にこそ、わたしたちの信仰の現実があることを覚え、悔い改めながら、この小さな教会という舟に乗って、ご一緒に向こう岸へと向かってまいりましょう。


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