説教『預言者の真実』牧師 若月健悟

2020年11月15日(日)降誕前第6主日礼拝説教要旨

《聖書》申命記18章15~22節

【はじめに】

 イスラエルの民は、4百年間奴隷として縛られてきたエジプトを脱出したあと、40年間荒れ野を旅しました。その旅も終りを告げようとしていました。神さまが約束された自由と平和のカナン地方へと向かうのです。誰もがワクワクしながら出発の時を待ち望んでいました。

 ですが、指導者であるモーセには、気がかりなことがありました。それは、ただ御独りの神さまに依り頼む信仰と毎週巡ってくる安息日の礼拝を次の世代に継承できるかどうかという不安です。

 モーセは、カナン地方で盛んに行われている神々への礼拝が誘惑に満ち、いかに強力なものであるかということを良く知っていました。イスラエルの神さまは、呼び求めればすぐにお答えになる御方ではありません。反省させ悔い改めを迫る神さまです。それに対して、カナン地方の神々は、自分たちの望みをすぐにかなえてくれると思い違いを起こさせるのです。目に見えない神さまを信じる信仰と目に見える神々をまつる信仰、神の像を拒む礼拝と神々の像をまつる礼拝、その違いをイスラエルの民がしっかりと受け止めて信仰を守り通してくれるだろうか、案じられて仕方なかったのです。それは、40年間一緒に荒れ野を旅してきて、深く身に沁みて感じたことでした。

 申命記13章には、「他の神々の礼拝に対する警告」が事細かに記述されています。それに、18章9~14節には、「異教の習慣への警告」が発せられています。特に10節には、異教の神々に寄り頼む信仰の現実が告げられています。

 「自分の息子、娘に火の中を通らせる者、占い師、卜者、易者、呪術師、呪文を唱える

  者、口寄せ、霊媒、死者に伺いを立てる者」

 神々にお伺いを立てる習慣が、イスラエルの民の心を支配し、ただ御独りの神さまから離れて行くことがないようにと警告するのです。そのために、神さまは、「預言者を立てる」とモーセに約束されたのです。イスラエルの民は預言者を通して語られる御言葉を神さまの御心と信じて歩むことになるのです。

【預言者】

 では、預言者とはどのような人のことなのでしょうか。イスラエルの歴史では、最初の預言者はモーセです。神さまの御心として示された御言葉を人々に語り伝えることと共に、奇跡を行って神さまの存在を証しすることが預言者としての働きです。御言葉と御業を通して、預言者は神さまがイスラエルの民をどのように助け導いておられるのかを証しするのです。ですが、時代と共に預言者の働きは変わっていきました。奇跡は行わず、もっぱら神さまの御言葉を語り伝える働きを担ったのです。

 最初の預言者モーセは、神の人とも呼ばれていまして、神さまから直接召し出され、神さまと直接対面することがただ1人赦されました。モーセは神さまの御心を伺い、その御心を御言葉をもって、人々に取り次ぐのです。神さまの御言葉が真実であるのは、その御言葉が、実際に人々の目の前で実現されるからです。

 ですから、モーセは必死でした。神さまの御言葉を聞いて、それが真実であるのかどうかは、人々の目の前で現実に起こらないことには、話しになりません。モーセに対する人々の信頼が薄れ、人々の心がモーセから離れてしまえば、それは神さまから離れてしまうことを意味したのです。モーセに委ねられたイスラエルの民を脱落させないで、約束のカナン地方へと導くためには、何としてでも、神さまの御言葉が真実であることを奇跡を通して人々の目の前で実現すること以外にないのです。そのために、モーセは、神さまとイスラエルの民との間を40年間、行ったり来たりしながら、その仲介役を果たし続けたのです。それが、神さまにただ1人面会が赦された神の人モーセの真実であり、神さまの御言葉を取り次ぎながら、奇跡を通して神さまが一緒にいてくださることを証し続けた、預言者モーセの務めであったのです。

【預言者に託された2つのこと】

 モーセは、イスラエルの民がカナン地方で迎える新しい時代の中で、もっとも注意すべきことを2つ、語り伝えるのです。

 1つは、神さまは常に先立って歩まれることです。

 もう1つは、神さまの御言葉の真実です。

 この2つのことを語り証しするのが預言者モーセの務めなのです。

 神さまはイスラエルの民に先立って歩まれることは、神さま御自身の御心としてモーセに告げられたことが18節で証しされます。

 「わたしは彼らのために、同胞の中からあなたのような預言者を立ててその口に(わたし

  は=省略)わたしの言葉を授ける。彼はわたしが命じることをすべて彼らに告げるであ

  ろう。」

 この御言葉で注目したいのは、「わたしは」「わたしの」「わたしが」との御言葉です。実は、もう1つ原文に「わたしは」とあるのですが、日本語の表記にはなじまないので省略されています。元々、聖書では、神さまが「わたし」とお語りになることはないのです。現在のわたしたちもそうですが、会話や文章では「わたし」は用いなくても、相手に十分に通じます。「わたし」を用いるのは、強く自己主張する時です。聖書でも同じです。つまり、この短い文章で4度も「わたし」と主なる神さま御自身が告げられたのです。それほど強調した言い方なのです。主なる神さまは、イスラエルの民に「このわたしが常に先立って歩む」と宣言され、約束されるのです。それがモーセに告げられた主なる神さまの御心なのです。

 もう1つは、神さまの御言葉の真実です。今は、モーセを通して神さまの御心が人々に語り伝えられますが、モーセのあとはどうなるのか、誰もが心配します。それで、神さまは、モーセに代わる新たな預言者を立てる、と約束されるのです。預言者の務めは、神さまから伺った御言葉をそのまま人々に告げることにあります。18節にある通りです。預言者は、時には大変厳しい御言葉を告げることもあります。信仰を誤って偶像に向けるならば、裁きの御言葉が告げられます。それは、ただ御独りの主なる神さまに立ち帰るように悔い改めを迫る御言葉として告げられるのです。人々に嫌がられても神さまの御言葉として取り次ぐのですから、場合によっては命がけです。それでも、語り続けなければならないのが、預言者の使命なのです。

【預言者の真実】

 ですが、預言者が神さまの御言葉をそのまま語り伝えても、人々が全く聞き入れないことも起こるのです。20節で告げられているように「偽預言者」が現れるからです。預言者が主なる神さまから派遣された本物の預言者であるのかどうか、預言の御言葉が真実であるかどうか、混乱することも起こります。そのような時にはどのように対処したらよいのでしょうか。その答えは22節に告げられています。

〝預言の御言葉の通り実際に起これば真実であり、起らなければ偽りである〟ことです。つまり、ことが起こって初めて、預言の真実が明らかになるのです。

 まさにその通りなのです。ですが、どうでしょうか。預言の御言葉が実現されるまでには時間がかかるのです。いつ起こるとも分からないことを、人は忍耐強く待ち続けることができるのでしょうか。では、どうしたらよいのでしょうか。その場合の判断の基準となるのは、このようなことです。耳ざわりが良く、心地よい言葉は空しく、悔い改めのない信仰は偽りであることです。

 それに対して、心痛む厳しい御言葉、悔い改めを迫る御言葉であれば、その御言葉には真実があることです。そのような御言葉は、受け入れがたいようにも思われますが、時間と共に、深い慰めになるのです。御言葉に秘められた真実が、本当の慰めとなり、心を癒し、平和を回復する力となるのです。

【御子イエスさまに倣う】

 神の御子イエスさまは十字架の死が迫ってくる夜、「この杯をわたしから過ぎ去らせてください」(マタイ福音書26章39節)と祈られました。苦しみと死を避けたいと願うのは、人の偽らざる心です。ですが、イエスさまは、さらに祈り続けられるのです。

 「わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」(39節)

 判断に迷うとき、真実を求めるならば、より厳しい道を選び取るのが、信仰者としての判断の基準となるのです。イエスさまの「御心のままに」との祈りは、信仰の姿勢を語り伝えているのです。

 預言者は主なる神さまの御言葉を聞いたままに人々に語り伝えました。その御言葉に聞き従う人々もまた、より厳しい道を「御心のままに」と祈り受け入れたことに真実があるのです。

 わたしたちはこの信仰を神の御子イエスさまの十字架と復活の真実から受け取りました。悔い改めをもって御言葉に聞き従って歩み続けてまいりましょう。

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