牧師の紹介

 
​ようこそ守谷教会へ
守谷教会牧師
​若月健悟

1950年9月4日福島県会津若松市生まれ

県立会津高等学校卒業

同志社大学神学部卒業

同志社大学大学院神学研究科博士課程前期修了

現在、日本キリスト教団守谷教会牧師

 

趣味:ドライブ、宗教音楽鑑賞、時代小説

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これから
さいごに
高校3年生の夏休みが始まろうとする直前に、友人2人と連れだって近所の教会へ行ったのが、初めての教会体験でした。赤ちゃんからご高齢の方まで皆が一緒に楽しんでいる光景に魅せられて教会に通うようになり、その年のクリスマスに洗礼を受け、クリスチャン・ライフが始まりました。家族・親族の中でただひとりのクリスチャンとして、孤軍奮闘の日々をすごしながら、神学校への道を決断しました。
母教会の日本キリスト教団会津若松教会は、京都・同志社大学神学部で学んだ牧師さんたちによって明治期から〝組合教会〟と呼ばれる会衆派教会の伝統を守ってきた教会です。同志社を創設した新島襄は、会津藩士・山本覚馬の妹八重と結婚し、若い伝道者を育て、世に送り出していました。会津と関わりの深い同志社で学びたいとの志をもって神学部に入り、学部から大学院へと進み、6年間の学びを終えて、牧師としての道を歩み出すことになりました。伝道者として赴任する直前に結婚し、任地先が新生活の始まりともなりました。
日本キリスト教団の規則では、試験に合格した学生に授ける最初の資格を「伝道師」(補教師)と呼びます。最初の任地は、東京・国分寺教会で、主任牧師のもとで、3年間伝道師として務めました。戦後間もなく誕生した国分寺教会は、若さにあふれ、地域に奉仕する教会として、とても良い働きをしていました。伝道師の次の試験に合格しますと、牧師(正教師)の資格が与えられます。次の任地は、四国・今治(いまばり)教会でした。四国で最初のプロテスタント教会である今治教会は百年を超し、地元に根付いた教会でした。主任牧師のもとで2年間、副牧師として務めをなし、長男が与えられ、とても祝福された歩みをなすことができました。
次に赴いたのは、母教会である会津若松教会の主任牧師としての務めでした。懐かしい郷里の牧師として戻ることになるとは思いも寄りませんでした。教会の近所の方は皆さん顔見知りでしたので、喜んで迎えてくださいました。それでも古いしきたりを重んじる気風の中で伝道することは、厳しいものでした。ですが、若い家族が集まり出し、長女が与えられた時には、教会はずいぶん若返った雰囲気となり、近所のお子さん方も来るようになりました。あっと言う間の6年間を過ごし、次に赴いたのは、茨城・筑波学園教会でした。
研究学園都市として誕生した町は、科学万博以降、成長し続ける町として若さにあふれていました。学園都市最初の教会として誕生した筑波学園教会は、誕生して11年目の若い教会で、国際色豊かな交流を大切にしていました。米国人宣教師家族との交流も教えられることが多く、楽しい日々でした。近くには〝最後のディスコ〟と呼ばれるダンスホールがあり、クリスマスには、東京から車で駆けつける若者で賑わっていました。そのディスコに招かれたのです。イブ礼拝を献げるイベント企画でした。学生を中心に聖歌隊をつくり、ディスコ・クリスマス礼拝を献げて楽しみました。12年間の務めを終え、次に向かったのは、東京・国分寺教会でした。
古巣に戻るような思いはしましたが、地域に仕える教会(コミュニティー・チャーチ)の中で精一杯励みたいと願いながら、家族とともに赴任しました。国分寺駅に近く、高台にある教会の庭には、古木となった数本の山桜がとても美しく咲きます。桜を見に来られる方もあるほどです。ご高齢の方も徐々に増えて行きましたが、喜びがあふれる教会でした。主任牧師として、若い伝道師と一緒に活動した10年は実り多いものでした。長男は結婚して新たな家庭を築き、手を離れて行きました。
これまで歩んできた日々を思い起こしながら、1つやり残してきたことがあることに思い至りました。それは開拓伝道でした。これまでは、しっかりとした土台の上に築かれた教会の中で、皆さんに守られてすごしてきましたが、〝教会とは何か〟最初から考え、体験してみたいと思い至り、ゼロから出発しようと思い至ったのです。そのために、開拓伝道の道を選び、国分寺を離れました。長女も社会人として独立し、親元を離れていましたので(のちに結婚)、夫婦2人の開拓伝道を目指し、新たな旅立ちとなりました。
つくばエクスプレス線が開通して5年目の茨城の地に夫婦で住み始め、最初の働きは、牧師さんを求めていた、県西の古河市にある諸川伝道所でした。幼稚園園長の務めとともに、自宅から1時間の道のりを毎日車で通うことになりました。2年目の秋、守谷の地での開拓伝道の道が開け、クリスチャン夫妻のお宅での家庭集会が、月1回のペースで始まりました。1年余の家庭集会を経て、いよいよ伝道所開設に向かって歩むことになりました。日本キリスト教団の規則では、伝道所開設をする場合、責任を担ってくださる関係教会が必要です。それを引き受けてくださったのが、竜ケ崎教会でした。茨城地区・関東教区をはじめ、関係する諸教会、信徒方に支えられて、2013年4月7日㈰朝、会員3人による小さな伝道所の最初の礼拝を献げることができました。
守谷開拓伝道に専念するために、諸川伝道所を辞任し、最初に借り受けた事務所は、守谷駅東口より徒歩5分ほどにある小さな古い建物でした(守谷市ひがし野1丁目)。2013年6月30日㈰、多くの方に祝福されて、〝日本キリスト教団守谷伝道所開設式〟が執り行われました。1人2人と来訪され、2年目には会員14人となっていました。2年目が過ぎようとしていたとき、移転を余儀なくされ、現在の守谷市薬師台7丁目へ移転しました。それから3年が経ち、今年6月には、創立5周年記念日を迎えます。
1950年9月4日に誕生しましたので、誕生日を迎えますと68歳になります。信仰の父と呼ばれるアブラハム75歳、妻サラ65歳、合わせて140歳の夫婦が行き先を知らずに旅立ち、神さまの御心のままに歩み通した聖書の物語を思い起こします。そのアブラハムは、真実神さまに依り頼む信仰に生きるかどうか、試練を受けたのは〝モリヤの山〟(現在の聖地エルサレムのこと)でした。すでに百歳を迎えていました。厳しい現実に戸惑い嘆き、涙して祈るアブラハムを思い巡らしながら、この守谷の地で伝道する深い意味を教え諭されます。まだ先は長いのですが、2018年6月で守谷教会創立5周年を迎えます。この歳月が祝福されていることを思い巡らしながら、夫婦ともに開拓伝道の道をしっかりと歩み続けたいと思います。

ぜひ、最寄りの教会をお訪ねください。厳しい時代のなかで、わたしたち夫婦のように、何か良いことに巡り合うチャンスが、向こうからやってきますよ。

 

祈シャローム!

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